菩提もと清酒を楽しむ会

日本で清酒が生まれたのは、今から500年ほど前の室町時代で、奈良市菩提山町の正暦寺が発祥の地になります。

"錦の里"と呼ばれ、紅葉の美しいこのお寺は、当時は数多くの堂塔や伽藍が建ち並ぶ大寺でした。 中世、裕福な大寺院が造って売っていた酒を「僧坊酒」といい、その中でも当時から「天下第一等」の名声を博したのが、正暦寺で造られていた「菩提もと清酒」です

それまでは濁り酒が主流であった当時にあって、布でこした「澄み酒」(清酒)は、中世における最高級ブランドとして、極限られた人だけが口にできる貴重なお酒でした。時の天下人であった織田信長や、豊臣秀吉にも愛されたこの製法は、灘や伏見はもとより全国に広がっていきました。

その後、日本酒の製法は仕込み方法の違いによって「生もと」、明治末期に生もとから派生した「山廃(やまはい)もと」、現在ほとんどの日本酒に用いられる「速醸(そくじょう)もと」などに取って代わられますが、源流は「菩提もと」です。

この"まぼろしの酒"は、一体どんな味がしたのでしょう?

平成8年には、奈良県下の酒造会社が集まり「研究会」を発足しました。正暦寺、奈良県工業技術センター、天理大学付属天理図書館、(株)樋口松之助商店など『産官学宗教」が連携して、「500年前の酒造り」へチャレンジが始まりました。

室町時代の文献『御酒之日記』や『多聞院日記』などを参考に、研究に研究が重ねられました。

その製法の特徴をあげれば、第一に、生米を使うこと。 この生米と水を混ぜたところに乳酸を加え「そやし水」を造ります。
この「そやし水」を添加することで、雑菌の発生を抑え、その中で酵母を増殖させてアルコール発酵が行われるようになります。正暦寺に自生する乳酸菌をはじめ、米と水は寺領内のものが使われています。

この方法であれば、温度の高い季節でも、お酒を造ることができるのです。

そして、平成10年に寺院としては全国で初めて国税局から酒母製造の免許を取得、平成11年には500年ぶりに正暦寺での酒づくりが復活しました。

以来、毎年1月には正暦寺で菩提もと清酒の仕込みが行われ、ここでできた「酒母」を加盟酒蔵がそれぞれ自社に持ち帰り、蔵元独自の醸造をして、春先には「菩提もと新酒」として世に送り出されることになるのです。この"まぼろしの酒""室町ロマンの酒"をお楽しみください。
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